とある国のとある王は在位についた日にこう言った。
「この世界はゴミ箱だ。そして、その世界にいるものは全てゴミだ」
 そこから、彼の“掃除”という名の独裁政治が始まった。

 一昨日は9人。
 昨日は15人。
 そして、今日は17人。
 宰相の手記に日々記されていく数字。それは、その日に王が処刑した人間の数。
 一体、この王は何人の人間を処刑するのだろうか?
 しかし、王にそれを直接聞けば次に処刑されるのは自分かもしれないという恐怖感から、宰相は何も言うことができなかった。

 掃除という名の処刑で次々と人が消えていく中、一人の旅人がこの国に訪れた。
 彼は、民の顔色の悪さに首を傾げる。気になった彼は近くにいた民に声をかけた。
「あの、少しよろしいですか?」
「えっ……? あ、あの……」
 声をかけられた民は、酷く怯えた目で彼を見た。
 なぜだろうと思いつつも、彼は自身の疑問を投げかける。
「皆さん、何故そんなに顔色が悪いのですか? なにか、あったのですか?」
 声をかけられた民やその周りにいた人々は、そう言った彼を信じられないとでもいうように見た。
 なぜ自分はそんな目を向けられているのか彼には理解できなかった。
「……貴方、この国の王のことを知らないの?」
「この国の王? 一体、どんな方なんですか?」
 彼がそう言うと、人々は揃って嫌な顔をした。
 しかし、何も知らない彼は意地でも食い下がってきたので、一人の女性が仕方なく口を開いた。
「この国の王はね、“終端の王”って言われてるのよ。この世界を掃除するって名目で、人々を理由もなく処刑するの。この国の人々は、次は自分の番じゃないかって毎日怯えてるのよ」
 世界の掃除、それは一体何のために。  旅人の彼には全く理解できなかった。そもそも、それを理解している人間など誰一人としていなかった。
 しかし、理解されない掃除という名の処刑は、ある日突然終わりを迎えた。

 理由なき処刑が続いていくことに疑問が絶えなかった旅人は、王への謁見を望んだ。民の止める言葉も聞かずに、彼は王へと会いに行ったのである。そして、王に見える前に門前払いを食らうだろう思われた彼は、あまりにも簡単に王への謁見が許されたのである。
 王座についている人物は、随分と若い男だった。
 彼は問う。
「王よ、なにゆえに理由なき罪で人を断罪するのですか?」
 あまりにも率直過ぎる言葉に、周りに控えていた臣下たちは騒めく。何を言っているんだ、この男は死にたいのか。そんな言葉すら聞こえてくる。
「王よ、私はただ知りたいのです。貴方が何を見て何を考えておられるのか」
 旅人の声に、王は何も答えない。ただ、虚ろな眼で旅人を見下ろしていた。
「王よ、私には聞こえているのです。貴方の糸の先から流れて来る竪琴の音が」
 旅人のその言葉に、王はようやく反応した。それも、信じられないというかのように目を見開いたのだ。
「男、この音が聞こえるのか?」
 旅人は言葉で答えず、真っ直ぐ王を見る。それで、王はその言葉が真実だと悟った。
 王は思った。ようやく、この音を理解する人間が現れた、と。ようやく、この掃除の意味を理解する人間に出会えた、と。
「旅人、名はなんと申す」
「ハレット……。フレデリック・ハレットと申します」
 旅人が名を告げた瞬間、王は血相を変えた。
「フレデリック……だと!?」
 王は怯えているようだった。その怯えように、彼――フレデリックは笑みを深める。
「王、貴方は私を理解者だと思ったようですが、それが違う。申し訳ないが、この物語は"返してもらうよ"」



 今、一体何が起きた?
「何故、ヤツがここにいた!?」



 王の掃除は、物語の外からの乱入者により突然の閉幕を迎えた。
「……悪いけれど、ここからが始まりさ」
 赤き隻眼が静かに告げる。その足元には、破り割かれた頁のなれの果てがあった。

「エル、お遊びはここまでにしよう」


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