夏も近づくある日。郊外の外れにある公園には、多くの子供たちがいた。その中で、集団から外れて、一人で遊んでいる少年がいた。
 その少年には親がいなかった。二年前に、この公園の近くの道路で交通事故に遭ってしまったのだ。
 それからのことだった。彼の瞳に、他人には見えないものが視えるようになったのは。

 初めは、気持ち悪くて近づきもしなかった。しかし、今から二か月前のある春の日差しが暖かい日に、ある花屋の近くで、助けを求める幼い少女の声を聞いた。
「お兄ちゃん、助けて。わたしを、助けて」
 周りを見渡してもそれらしい人影は見つからなかった。しかし、目を凝らして見てみると、不自然に置いてある花束の場所に、輪郭のないものが居た。それを認識したとき、不思議といつも感じる気持ち悪さを感じることはなかった。
「今、よんだのは君?」
 少年も問いに少女は頷いた。その返答を見た少年は、その少女に近づいていった。その少女は、季節に合わない毛糸のマフラーと真っ赤なコート、白いレースのスカートに可愛らしいブーツを履いていた。
「どうしたの?」
「わたしを助けて、お兄ちゃん」
 少年の問いには答えず、少女は同じ言葉を繰り返す。その少女をよく見てみると、コートの袖から出ているはずの両の手が無かった。それに気付いた少年は少女に問う。
「君、手がないの?」
「うん。どこかに行っちゃったの。だから、わたしの手を探して、お兄ちゃん。わたし、ここから動いちゃいけないの」
 ここを動いたら、パパとママがむかえに来てくれない、と少女は言った。
「パパとママはどこに行ったか分かるかな?」
「そこのお花屋さんだよ」
 少女の話によると、この町の病院に入院している叔父を見舞うために、家族三人で出掛けていたらしい。その途中でここの花屋に寄ったのだそうだ。
「それでね、パパとママを待ってたら車がきてね、それからおぼえてなくて。でも、ここにいなくちゃって思ったの。パパとママが買ってきたお花をね、わたしがおじさんにわたすお約束をしてたの。でもね、なんでかわかんないけど、手がどこかに行っちゃったの……」
 だから、手を探してほしいそうだ。
 しかし、その少女の手は、もう無い。手どころか、その肉体さえも、この世にはもう存在してはいない。
 少女は交通事故に遭ったのだろう。しかし、まだ幼い彼女には、自分の死が理解できていなかったのだ。
「あのね、君はもう死んでしまったんだよ。君の手も、足も、体も、もうここにはないんだ」
 少年は率直にそう言った。その言葉に少女は首を傾げる。
「わたしは、お星さまじゃないよ」
「違うんだ」
 少年は少女の言葉の途中で言った。そして少女に手を伸ばし、彼女の体に触れた。否、触れようとした。しかし、その手は彼女の体をすり抜けていった。その様子に、少女はすごく驚いていた。
「分かる?僕は、君に触れない。それは、君がここにいないから。君は、今までもここを通る人に声をかけた?」
「うん。でも、みんな気付いてくれなかった」
「それは、君がみんなに見えていないから。僕は、よく分かんないけど見えるんだ。でも、ほかの人は見えていないんだ、君のことが」
 そう言うと、少女は俯いてしまった。しばらくすると、涙を零し始める。
 少女は悲しかった。寂しくなった。自分が迷子になってしまったようだった。
「パパぁ……ママぁ……」
 ずっとずっと、そこで両親を待ち続けた少女。幼くして死んでしまった少女。遂に、彼女は声を上げて泣き出した。そんな彼女に少年は声をかけた。
「大丈夫だよ。怖がらなくていいよ。パパとママは君のことを覚えている。君は独りじゃない。パパとママは、今もキミを探している。だから、君はお星様になって、ここにいるよってパパとママに教えてあげなきゃ」
「お星様になって?」
「うん。きっと見つけてくれる」
「本当っ?」
「ああ」
 少年がそう言うと、少女は綺麗に笑った。そして、淡い光に包まれて少女は言った。
「ありがとう、お兄ちゃんっ」
 そう言い残し、少女は――消えた。 「……天国に行けたのかな」
 その光景を見た少年は、一人呟いた。

 日も傾きはじめ、そろそろ家に帰ろうと少年は公園を出た。帰る途中には、あの花屋。付近には、花束が置いてあった。
 ――君は今、夜の空を照らす一粒星になれた?
 その問いに答える声は無いけれど、宵闇の香りをのせた風が吹いた。

 そして、少年は青年となり―

(そして―紡がれはじめる八冊目の御伽噺)



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